大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和39年(ワ)1505号 判決 1966年12月07日

原告 中西義雄

右訴訟代理人弁護士 東野村弥助

同 藤原光一

同 池尾隆良

被告 楠野幸雄

<ほか二名>

右被告三名訴訟代理人弁護士 西村日吉麿

同 水島林

主文

被告楠野幸雄、同株式会社楠野本舗は原告に対し、別紙目録第六記載の建物のうち南側部分(別紙図面(A)部分)および同目録第二記載の土地(同図面(B)部分)を明渡せ。

被告楠野幸雄は原告に対し、昭和四〇年五月二〇日以降右明渡済まで一ヶ月金三五、〇〇〇円の割合による金員の支払いをせよ。

被告楠野幸雄に対するその余の請求を棄却する。

原告の被告山田助次郎に対する請求を棄却する。

訴訟費用のうち原告と被告楠野幸雄、同株式会社楠野本舗との間に生じた分は同被告らの、原告と被告山田との間に生じた分は原告の各負担とする。

事実

第一、申立

(一)  原告の求める裁判

一、被告楠野幸雄、同株式会社楠野本舗(以下、被告会社という)は原告に対し、別紙目録第二記載の土地(別紙図面(B)の部分)を明渡せ。

二、被告楠野幸雄、被告会社は原告に対し、同目録第一記載の土地(同図面(A)の部分)を、その地上にある同目録第六記載の建物の南側部分を収去して明渡せ。

被告山田助次郎は原告に対し、別紙目録第三記載の土地(別紙図面(E)の部分)を、その地上にある同目録第六記載の建物の北側部分を収去して明渡せ。

(かりに右請求が認められないときは)

被告楠野幸雄、被告会社は原告に対し、右目録第六記載の建物の南側部分を明渡せ。

被告山田助次郎は原告に対し、右建物の北側部分を明渡せ。

三、原告に対し、被告楠野幸雄は昭和三九年三月七日以降右明渡済まで月金三五、〇〇〇円、同山田助次郎は右同日以降明渡済まで月金一五、〇〇〇円の各割合による金員の支払いをせよ。

四、訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行宣言。

(二)  被告らの求める裁判

原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決。

第二、主張

(一)(請求原因)

一、別紙目録第一ないし第四記載の各土地はいずれも原告の所有であって、右地上にはかねて原告所有の同目録第五記載の建物(以下、第五建物という)が存在していた。

二、原告は昭和三四年七月二三日被告楠野幸雄に対し、第五建物の南側約二二坪の部分を賃料一ヶ月金三五、〇〇〇円との約で賃貸し、被告楠野幸雄は自己の経営する被告会社と共同でこれを使用していた。

三、さらに原告は、昭和三五年六月一三日被告山田助次郎に対し、第五建物の北東部分約三坪五合を賃料一ヶ月金一五、〇〇〇円との約で賃貸した。

四、(一)、しかるところ右建物は、昭和三九年三月六日深夜から翌七日早朝にかけて火災によって焼失し、わずかに柱の一部を残すにすぎない状態となるにいたった。かくて原告と被告らとの間の右建物の賃貸借は、その目的物の消滅によって終了したものであるが、それにもかかわらず被告らは、その焼跡に急拠別紙目録第六記載の建物(以下、第六建物という)を建築し、被告楠野、被告会社は共同してその南側部分(別紙図面(A)の部分)および焼跡((B)部分)を、また、被告山田はその北側部分(同図面(E)の部分)をそれぞれ使用して右各敷地を占有している。

(二)、かりに第五建物が右火災によって焼失したものでなく、したがって、第六建物が第五建物をたんに補修したにすぎないものとしても、右の火災は、被告楠野もしくは被告会社の従業員の過失によって生じたものである。

すなわち、右被告らの履行補助者の過失によるものであって、賃借人たる被告楠野みずからの保管義務違反と同視すべきものである。そこで、原告は本訴において、昭和四〇年五月六日付の準備書面をもって右義務違反を理由に同被告に対し本件賃貸借解除の意思表示をなし、該意思表示はその頃同被告に到達したので、右賃貸借はそれと同時に解除によって終了したものである。

五、なお、被告楠野、同山田は、いずれも前記賃貸借契約の際に、原告に対し、賃借建物の明渡しをなすべき場合には賃料相当の損害金を支払うべきことを約していたものである。

六、よって原告は被告楠野、被告会社に対し、第一次的に本件土地の所有権にもとづいて、第六建物中同被告らの占有部分の収去とその敷地部分の明渡しおよび前記焼跡中同被告らの占有部分の明渡しを、第二次的に賃貸借の終了を原因に右建物の明渡しを、求めるとともに、右約定損害金の支払いを求め、また、被告山田に対し、第一次的に所有権にもとづいて第六建物中同被告の占有部分の収去とその敷地部分の明渡しを、第二次的に賃貸借の終了を原因に右建物の明渡しを求めるとともに、右約定損害金の支払いを求めるため、本訴に及んだものである。

(二)(被告らの答弁)

一、原告主張の請求原因第一ないし第三項の事実は認める。

二、原告主張の時に第五建物に火災が発生したことは認めるけれども、右火災によって同建物が全部焼失し、右賃貸借の目的物が消滅したとの点は争う。すなわち、右建物は火災によってその一部分(約一二坪)が焼失したにすぎないのであって、被告らはこれに応急的補修を施して第六建物としたものであるから、右第五および第六建物は同一の建物というべきであり、したがって、本件賃貸借はなおこれについて存続しているものといわなければならない。なお、焼失建物の焼跡を被告らが占有しているとの事実は争う。

さらに、右火災が被告楠野もしくは被告会社の従業員の過失によって発生したとの点は争う。右火災は不可抗力(漏電)によるものである。

三、なお、被告楠野は本件土地に隣接する大阪市北区天神橋筋四丁目七一番地の一の宅地を所有するものであるが、右土地はもと同所七一番、宅地七〇・九坪の一部であったところ、昭和三四年九月三〇日原告の先代中西辰次郎がこれを同番の一ないし五に分割した結果、いわゆる袋地となるにいたったものであるから、その所有者たる被告楠野としては、公路にいたるため、右分割者の相続人たる原告の所有地である別紙目録第一記載の土地を通行する権利を有するものである。

(三)(被告楠野の主張に対する原告の反論)

被告楠野が右目録第一記載の土地について通行権を有する旨の主張は、原告の本訴請求とはなんら係わりのない主張であって、独立の抗弁たるの意味を持ちうるものではない。のみならず、同被告主張の土地はなんら袋地とはいえないものであるから、同被告が右第一の土地について通行権を有すべきいわれはない。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、原告主張の請求原因第一ないし第三項の事実については、いずれも当事者間に争いがない。

二、しかして原告は、本件賃貸借の目的物である第五建物は、昭和三九年三月六日火災によって焼失したので、原告と被告らとの間の右賃貸借は目的物の消滅によって終了したと主張し、被告らはこれを争うので、まずこの点について検討することとする。

昭和三九年三月六日深夜から翌七日の早朝にかけて、第五建物に火災が発生したことについては当事者間に争いのないところ、≪証拠省略≫を総合すると、次の各事実が認められる。すなわち、第五建物はもと別紙図面(ル)、(ハ)、(ホ)、(カ)、(ル)各点を結ぶ長方形の土地を敷地として建てられた一棟の建物であって、板壁によって、これを五つの部分に分け(同図面A、B、C、D、Eの各部分)、そのうちA、B部分は被告楠野が賃借して被告会社の事務所および商品置場として使用し、E部分は被告山田が賃借して衣料品販売の店舗としてそれぞれ使用していたこと(C、D部分は訴外中西豊蔵が賃借)、右火災の結果、第五建物のうちB部分およびC部分はほぼ完全に焼失し、わずかに、焼け焦げた柱十数本を残すにすぎない状態となるにいたったが、A、D、E部分については、その屋根および天井の約三分の二を焼失し、各室の内外数ヶ所にわたって燻焦部分を生じたほかは、側壁(別紙図面中(イ)と(ル)、(ロ)と(ヲ)、(ワ)と(カ)をそれぞれ結ぶ部分)、建物前面(同図面中(ル)と(ヲ)、(ワ)と(カ)をそれぞれ結ぶ部分)ともに若干の焼損を生じただけでほぼ原形のまま焼け残り、修理によって使用が可能な状態であったこと、そこで、火災発生の数日後、被告楠野より建築会社に右残存部分の修理を依頼したところ、同会社において、焼け落ちた屋根の部分にトタン板を張り、焼け焦げた柱、垂木等を補強し、室内にベニヤ板、化粧板を張りつけるなどして、再び従前同様の使用ができるようにこれを補修したこと、補修された右A、D、E部分がすなわち第六建物にほかならないこと、以上の各事実が認められるのであ(る)。

≪証拠判断省略≫

しかして、右認定事実からすれば、被告楠野が賃借していた第五建物のA、B部分のうち、B部分については、右火災によって滅失するにいたったものといわなければならないから、同部分に関するかぎり目的物の消滅によって賃貸借は終了したものといわざるをえないけれども、A部分および被告山田の賃借部分たるE部分については、本件火災の結果滅失したものと認めることはできず、したがって、同部分の賃貸借は、これを補修した第六建物についてそのまま存続しているものといわなければならないのである。もっとも、第五建物が一棟の建物であり、A、B、C、D、E各部分がそれぞれその一部分を構成するものであるにすぎないことは前記認定のとおりであるけれども、原告と被告山田との間の賃貸借は右E部分のみをその目的物とし、被告楠野との間の賃貸借はA、B部分のみをその目的物とするものであって、しかも、賃貸借目的物の滅失の事実の有無は、各目的物ごとに判断すべきものであるから、そのことによって右の結論が左右されるものでないことはいうまでもない。(なお、賃貸借の目的物の一部が滅失した場合にも、残存部分について賃貸借が存続することは、民法六一一条の規定に照らしても明白である。)そうだとすると、目的物の消滅によって賃貸借が終了したことを理由に、所有権にもとづいて第六建物の収去およびその敷地部分の明渡しを求める原告の第一次的請求は理由がないというべきである。

三、そこで次に、第二次的請求の当否について考えるに、≪証拠省略≫によると、本件土地の西側に隣接する宅地上に被告楠野所有の木造三階建家屋が存在し、被告会社の工場および従業員宿舎として使用されていたところ、本件火災は右建物二階から出火したものであって、本件建物の火災はこれから延焼したものであることが認められるのである。ところで、家屋の賃借人たるものが、賃貸借契約上の義務として、善良なる管理者の注意をもって目的物たる家屋を保管する義務を負い、かつ、賃借人がこの義務に違反すれば、賃貸人がそれを理由に賃貸借契約を解除することができることはいうまでもないところであるが、賃借家屋に隣接する賃借人の所有家屋から火を発してこれが右賃借家屋に延焼し、このため賃借家屋の相当部分を焼失したような場合には、その出火が不可抗力によるなど特段の事情のないかぎり、賃借人において右保管義務に違反したものと認めるのが相当であるといわねばならない。しかるに本件においては、右のごとき事実が認められるとともに、これによって被告楠野の賃借部分のうちの相当部分(検証の結果によると、全賃借部分の約四割と認められる)が焼失したことが明らかであり、しかも、右出火が不可抗力によるものであるなど特段の事情を認めるに充分な証拠は存在しない(被告本人尋問の結果中のその趣旨の供述は直ちに採用し難い)のであるから、被告楠野としては右賃借物保管義務に違反したものといわざるをえないのである。しかるところ原告が、本訴において、昭和四〇年五月六日付準備書面をもって右義務違反を理由に同被告に対して本件賃貸借解除の意思表示をなし、これが同年五月一九日被告楠野の代理人に到達したことは記録上明らかなところであるから、原告と被告楠野との間の本件賃貸借は、同日限り解除によって終了したものといわなければならない。(被告山田についてかような義務違反が認められないことは明らかであるから、同被告との間の賃貸借が右の事由によって解除されるいわれがないことはいうまでもない。のみならず、同被告との間の賃貸借がその他の事由によって終了したとの点については、原告のなんら主張立証しないところである。)

なお、被告楠野が別紙目録第一記載の土地について民法二一三条にもとづく通行権を有するものである旨の同被告の主張は、なんら原告の本訴請求に対する防禦方法となりうるものではないから、主張自体失当というべきものである。

四、以上のとおりであるとすると、被告楠野および被告会社は原告に対し、第六建物のうち南側部分(別紙図面(A)部分)および第五建物の焼跡部分である別紙目録第二記載の土地(同図面(B)部分。検証の結果および被告楠野本人尋問の結果により、右被告両名において占有しているものと認められる)の明渡しをなし、かつ、昭和四〇年五月二〇日以降明渡済にいたるまで一ヶ月金三五、〇〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払いをなすべき義務があるから(≪証拠の表示省略≫)、原告の右被告両名に対する第二次的請求はその限度において正当として認容することとし、被告楠野に対するその余の請求(損害金の一部)および被告山田に対する請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴八九条、九二条但書を各適用し、仮執行宣言は相当でないからこれを付さないこととして主文のとおり判決する。

(裁判官 藤原弘道)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例